あなたの会社の「顧客」は、本当にその人ですか?
「あなたの会社の顧客は誰ですか?」こう聞かれて、答えに困る人はそれほど多くないでしょう。
小売店なら商品を買ってくれる人。運送会社なら荷物を送ってくれる人。飲食店なら食事に来てくれる人。企業向けの仕事であれば、取引先企業。一見すると、とても簡単な質問です。
しかしドラッカーは、「5つの質問」の一つとして、「われわれの顧客は誰か」と問いかけています。なぜ、そんな当たり前のことを、わざわざ問うのでしょうか。
実は、「顧客が誰なのか」という問いは、それほど簡単ではありません。
例えば、子どものための商品を考えてみます。
お金を払うのは親ですが、実際に商品を使うのは子どもです。では、顧客は親でしょうか。それとも子どもでしょうか。
学校ならどうでしょう。
授業を受ける生徒が顧客なのでしょうか。学費を負担する保護者でしょうか。あるいは、そこで育った人材を受け入れる社会も、学校が価値を届ける相手だと考えることができるでしょう。
病院でも同じです。
医療を受ける患者が中心であることは間違いありません。しかし、患者を支える家族にとっても、病院が提供する安心や情報は大きな価値を持ちます。
企業でも、商品を購入する人と、実際に使用する人が同じとは限りません。つまり、「お金を払ってくれる人=顧客」と考えるだけでは、顧客の本当の姿を見誤る可能性があるのです。
ここで、前回のコラムで考えた「成果とは何か」という問題につながります。ドラッカーは、成果は組織の内部ではなく、外部に生まれると考えました。会社の中で会議を開くことも、営業活動をすることも、商品を作ることも、それ自体が成果なのではありません。その活動によって、誰かの生活が便利になる。誰かの問題が解決する。企業の活動が円滑になる。社会に新しい価値が生まれる。
そこに初めて成果が生まれます。
だとすれば、「顧客は誰か」という問いは、単に販売先を確認するための問いではありません。
「私たちは、誰に成果をもたらそうとしているのか」
という問いでもあるのです。
誰に成果をもたらすのかが分からなければ、何を成果とするのかも決めることはできません。
ところが、組織は長く続くほど、顧客を知っているつもりになりやすくなります。
「昔から、この人たちがお客様だから。」
「うちの商品を買うのは、この年代だから。」
「この業界では、こういうニーズがあるから。」
過去には、それで正しかったのかもしれません。
しかし、人々の生活は変わります。技術も変わります。社会も変わります。当然、顧客も変わり、顧客が抱える問題も変わっていきます。
それにもかかわらず、自分たちが考える「顧客像」を変えなければ、いつの間にか、本当の顧客ではなく、自分たちが想像した顧客を相手に仕事をすることになります。
ここにも、以前のコラムで取り上げた「組織の自己目的化」の危険があります。
顧客のために作った商品やサービスが、いつしか「この商品を売り続けること」に変わる。
顧客の問題を解決するために始めた仕事が、「この仕事を続けること」そのものに変わる。
その瞬間、組織の目は外ではなく、内側へ向き始めます。
だからこそ、ドラッカーは「顧客は誰か」と問い続けることを求めたのでしょう。
一度答えを出せば終わる質問ではありません。
社会が変われば、もう一度問う。
顧客が変われば、もう一度問う。
自分たちの仕事が変われば、もう一度問う。
「われわれの顧客は誰なのか。」
この問いを持ち続けることは、顧客を知ることだけではありません。自分たちは、誰のために存在しているのかを問い続けることでもあります。
そして、顧客が誰なのかが分かったとしても、ドラッカーの問いはそこで終わりません。むしろ、ここからが難しくなります。
なぜなら、自分たちが「これは価値がある」と考えているものと、顧客が「価値がある」と考えているものが、同じとは限らないからです。
だから次に問わなければならないのです。
「顧客にとっての価値は何か。」
この問いこそ、顧客を本当に理解するための、さらに重要な問いなのではないでしょうか。