レクサス物語
― レクサスが創った「選ばれる理由」―
前回のコラムでは、「差別化と集中」について考えました。
顧客が企業に問いかけるのは、「おたくは何が違うのですか?」、そして「それは、私にとって価値のあるものですよね?」という二つの問いです。
今回は、この問いに一つの企業がどのように答えたのかを見てみたいと思います。
その企業が、トヨタです。
1980年代、トヨタはすでにアメリカ市場で大きな存在になっていました。1957年にアメリカへ進出した当初は苦戦したものの、その後、カローラやカムリなどを投入し、販売を拡大していきます。品質が高く、故障が少ない。そして実用的である。それは、トヨタが長い時間をかけて築いてきた大きな強みでした。
しかし、そのトヨタが高級車市場へ進もうとしたとき、一つの問題にぶつかります。
高級車を求める顧客は、これまでトヨタが得意としてきた顧客と同じなのだろうか。
当時のアメリカの高級車市場には、メルセデス・ベンツやBMWなど、すでに強いブランドが存在していました。単に性能の高い車を創り、「トヨタの高級車です」と売るだけで、その顧客から選ばれるでしょうか。
トヨタが選んだのは、既存のトヨタブランドの中に高級車を加えることではありませんでした。新しいブランドを創ることでした。それが「レクサス」です。
1987年、トヨタはアメリカの高級車市場へ、新しいブランドと専用の販売網で参入することを発表します。そして1989年、LS400とES250を発売しました。中でもLS400は、6年をかけて開発され、トヨタ自身が、それまでに創った中で最も豪華で技術的に進んだ車として送り出したものでした。
しかし、私が注目したいのは、車そのものだけではありません。
レクサスは、販売する場所まで分けました。販売店を慎重に選び、トヨタとは別のレクサス販売網をつくったのです。そこには、単に「高級な車を売る」のではなく、購入するときから、その後のサービスまで含めて、それまでとは違う顧客体験を創ろうとする考えがありました。
レクサスには、顧客を自宅に招いた客人のように扱う、という考え方があります。つまり、差別化しようとしたのは、車の性能だけではなかったのです。静粛性、快適性、品質、性能。そして販売店での接客や購入後のサービス。それらを一つの価値として提供しようとした。
その結果、レクサスは短期間でアメリカの高級車市場に存在感を示し、1991年にはメルセデス・ベンツ、BMWを上回り、アメリカで最も売れた輸入高級車ブランドとなりました。
ここで、私は一つ興味深いことを感じます。
トヨタほどの企業であっても、「トヨタなら何でも売れる」とは考えなかったということです。
むしろ、新しい市場へ進むときに、改めて、
「われわれの顧客は誰か」を考えたのではないでしょうか。
そして、その顧客が求める価値に合わせて、新しい車を創り、新しいブランドを創り、新しい販売網まで創った。つまり、顧客を定めたからこそ、何を違いとするのかが見えてきた。そして、その違いを実現するために、技術、品質、販売、サービスという自分たちの力を集中させることができたのです。
大企業には、人も、資金も、技術もあります。だから、何でもできるように見えます。しかし、何でもできることと、何でもやることは違います。
トヨタのような大企業でさえ、顧客を定め、その顧客にとって意味のある違いを創り、そこに力を集中した。
そう考えると、「顧客は誰か」「差別化」「集中」という言葉は、中小企業だけに必要な経営論ではないことが分かります。
企業の規模にかかわらず、経営には選択が必要なのです。
われわれの顧客は誰なのか。
その顧客は、なぜわれわれを選ぶのか。
そして、その価値を創るために、われわれは何に集中するのか。
レクサスの物語は、その三つの問いを、私たちにも投げかけているように思います。