ドラッカーの「基本と原則」と実践のずれ
―「目標管理」と「目標と自己管理によるマネジメント」の違い―
ピーター・ドラッカーは、経営において流行の手法よりも「基本と原則」を大切にしました。どれほど時代が変わっても、人や組織の本質は大きく変わらないと考えたからです。
しかし実際の企業では、ドラッカーの考え方が十分に理解されないまま、制度だけが導入されていることがあります。その代表例が「目標管理」です。
多くの企業では、目標管理を「上司が部下に目標を与え、その達成度を評価する仕組み」と考えています。しかし、ドラッカーが提唱したのは単なる目標管理ではありません。「目標と自己管理によるマネジメント」でした。
この違いは決して小さくありません。例えば営業部門を考えてみましょう。部長が営業担当者に「今期の売上目標は一人一千万円」と指示し、毎月進捗を確認する。達成すれば高評価、未達なら改善を求める。このような運営はよく見られます。
多くの人はこれを目標管理と呼びます。しかしドラッカーの考え方から見ると、これは目標管理というより数値管理です。
なぜなら、目標が本人の主体的な責任として設定されていないからです。
ドラッカーが重視したのは、「自ら成果に責任を持つこと」でした。
営業担当者であれば、自分はどの顧客にどのような価値を提供するのか、その結果としてどのような成果を実現するのかを考える。そして自ら目標を定め、進捗を確認し、必要に応じて修正しながら成果を上げていくのです。つまり、管理の主体は上司ではなく本人です。
ところが現実には、上司による管理ばかりが強調されることがあります。目標は上司から与えられ、評価のための数字が設定され、進捗確認も上司主導で行われます。
その結果、社員は成果を上げることよりも、評価を下げられないことを優先するようになります。すると、達成しやすい低い目標を選ぶ人が増えます。失敗の可能性がある挑戦を避けるようになります。部門間の協力よりも、自分の数字を守ることが優先されます。本来は成果を高めるための仕組みが、逆に組織の活力を失わせる原因になってしまうのです。
ドラッカーがこの考え方を重視した背景には、知識労働者の存在があります。工場労働が中心の時代には、上司が細かく指示を出し、監督することができました。しかし、技術者や研究者、コンサルタントのような知識労働者は、自ら考え、自ら判断しなければ成果を生み出せません。
だからこそドラッカーは、自己管理こそが成果を生む鍵になると考えました。ただし、自己管理は放任とは違います。自由に好きなように働くことではなく、自分の仕事の目的は何か、誰に貢献するのか、成果をどのように測るのか、改善のために何を行うのかを自ら考え続けることです。言い換えれば、自分自身に対して高い責任を持つことです。
ここにドラッカーのいう「基本と原則」があります。
管理の目的は人を監視することではありません。成果を生み出せるようにすることです。そのために必要なのは統制ではなく、自律です。
ところが多くの企業では、「管理」という言葉だけが残り、「自己管理」という最も重要な部分が抜け落ちてしまいました。そのため、「目標管理制度は負担ばかり増える」「数字合わせになっている」「挑戦しなくなった」といった不満が生まれています。
しかし、これはドラッカーの理論そのものに問題があるのではありません。基本と原則を十分に理解しないまま制度だけを導入したことに原因があります。本来、上司の役割は監督官ではなく、部下が成果を上げられるよう支援することです。また部下は指示待ちではなく、自ら成果を考え、自ら成長する存在です。
ドラッカーの「目標と自己管理によるマネジメント」とは、そのような組織を実現するための考え方でした。
経営で大切なのは、制度や手法を真似することではありません。その背後にある基本と原則を理解し、実践することです。ドラッカーの思想と現実とのずれは、まさにこの点にあります。そして、そのずれを埋めることこそ、現代の経営者や管理者に求められている課題ではないでしょうか。