コダックは、なぜデジタルカメラで敗れたのか
― 顧客が求めていたのは、フィルムだったのか ―
前回のコラムでは、トヨタがレクサスという新しいブランドを創り、顧客を定め、その顧客にとって価値のある違いを追求したことを取り上げました。では、顧客が求める価値や、その価値を実現する方法が変わってしまったとき、企業はどうすればよいのでしょうか。
今回は、かつて写真フィルムの世界で大きな成功を収めたコダックの物語から考えてみたいと思います。
コダックという名前をご存じの方は多いでしょう。かつて写真を撮るには、カメラにフィルムを入れ、撮影が終われば写真店に持ち込んで現像してもらう必要がありました。コダックは、フィルムをはじめとする写真関連事業によって、世界的な企業へと成長しました
ところが、ここに興味深い事実があります。1975年、世界初のデジタルカメラの試作機を開発したのは、ほかでもないコダックの技術者、スティーブ・サッソンだったのです。
つまり、コダックはデジタル技術の登場に気づかなかったわけではありません。自ら、その新しい技術を生み出していたのです。その後もデジタル技術の開発や商品化を進めました。しかし、写真のデジタル化が進む中で経営は悪化し、2012年には米国で経営再建のための連邦破産法第11章の適用を申請することになります。
なぜ、新しい技術を持っていた企業が、その技術によって変化する市場への対応に苦しんだのでしょうか。
ここで、ドラッカーの言葉を紹介したいと思います。
ドラッカーは、顧客や市場に対する企業の認識について、実に厳しい指摘をしています。
「顧客や市場について、企業が知っていると考えていることは、正しいことよりも間違っていることの方が多い」
「企業が売っていると考えているものを、顧客が買っていることは稀である」
ドラッカーは、単に思い込みに注意するよう促しているのではありません。企業が当然だと考えていることそのものを疑っているのです。
そして、事業を外部から見るための3つの次元を示しています。
- 誰が買うのか。
- どこで買うのか。
- 何のために買うのか。
この問いをコダックに当てはめてみましょう。
フィルムを買っていたのは、写真を撮りたい人たちでした。購入する場所は写真店などです。
しかし、デジタル化によって、写真を撮る人が必ずしもフィルムを購入する必要はなくなりました。写真店で現像を依頼しなくても、自宅のパソコンなどで写真を楽しめるようになったのです。
そして、最も重要なのは3つ目の問いです。顧客は、何のためにフィルムを買っていたのでしょうか。
フィルムそのものが欲しかったのでしょうか。おそらく、そうではありません。子どもの成長を記録したい。旅行の思い出を残したい。大切な瞬間を、いつまでも手元に置いておきたい。フィルムは、その目的を実現するための手段だったはずです。
デジタル技術の登場によって、顧客が求める価値は残っていても、その価値を実現する方法が大きく変わっていったのです。
もちろん、コダックが何もしなかったわけではありません。1995年には一般消費者向けのデジタルカメラを発売し、その後も新しい商品やサービスを展開しました。
しかし、長年にわたり利益を生み出してきたフィルム事業と、デジタル化によって生まれる新しい事業とでは、収益の仕組みが大きく異なります。
既存の事業を維持しながら、新しい事業へ転換することは、決して容易ではなかったのでしょう。ここに、経営の難しさがあるのだと思います。
成功している企業ほど、現在の事業を守らなければなりません。従業員がいて、工場があり、取引先があります。昨日まで利益を生み出してきた事業を、簡単に捨てることなどできません。
しかし、自社の事業を守ることと、顧客が求める価値を守ることは、必ずしも同じではありません。
コダックの物語から考えるべきことは、単に新しい技術を積極的に導入することではないと思います。
重要なのは、顧客の行動がどう変わり、顧客にとっての価値がどこへ移っていくのかを見極めることです。
そのためには、自分たちの事業を社内から見るだけでは不十分なのです。ドラッカーの「われわれの事業は何か」という問いは、現在販売している商品やサービスの名前を答えるためのものではありません。
顧客の立場から、自分たちが何のために存在しているのかを考える問いなのだと思います。
私たちの会社は、何を売っているのでしょうか。そして、顧客は本当は何を買っているのでしょうか。
この2つの答えが、同じであるとは限らないのです。