顧客は、自分が欲しいものを知っているのか
~スティーブ・ジョブズとiPhoneから考える「顧客価値」~
前回のコラムでは、「われわれの顧客は誰か」、そして「顧客にとっての価値は何か」というドラッカーの問いについて考えました。
では、「顧客にとっての価値」を知るためには、どうすればよいのでしょうか。
最も簡単なのは、顧客に聞くことです。
「どんな商品が欲しいですか」
「どんなサービスがあれば便利ですか」
「今の商品に、どんな不満がありますか」
もちろん、顧客の声を聞くことは大切です。しかし、ここで一つ疑問が生まれます。
顧客は、自分が本当に欲しいものを知っているのでしょうか。
この問題を考えるうえで、興味深いのがスティーブ・ジョブズとiPhoneです。
2007年、Appleは初代iPhoneを発表しました。
発表の場でジョブズは、「タッチ操作のできるiPod」「携帯電話」「インターネット通信機器」という3つを示します。そして、それらは3つの別々の製品ではなく、一つの製品なのだと明らかにしました。
今では当たり前に思えます。しかし、当時の携帯電話を使っていた人たちが、「音楽も聴け、インターネットも使え、指で画面を操作できる一台の機器が欲しい」と具体的に要求していたわけではありません。
では、ジョブズは顧客を見ていなかったのでしょうか。私は、むしろ逆だったのではないかと思います。
ジョブズが見ていたのは、「顧客が何を欲しいと言っているか」だけではありませんでした。
人は電話をする。音楽を聴く。メールを使う。インターネットを見る。そうした人々の行動や生活そのものを見て、その中にまだ満たされていない価値を見つけようとしたのではないでしょうか。
ここに、ドラッカーのいう「顧客価値」を考える重要なヒントがあります。
顧客の声を聞くことと、顧客を理解することは、必ずしも同じではありません。
顧客は、今使っている商品について「ここを改善してほしい」と言うことはできます。
しかし、まだ世の中に存在していない商品やサービスによって、自分の生活がどのように変わるのかを具体的に説明することは簡単ではありません。
自動車が存在しない時代に、より便利な移動手段を尋ねられたとしても、多くの人は現在ある交通手段の延長で考えたでしょう。人は、自分が知っているものを基準にして未来を考えるからです。
だから企業に求められるのは、顧客の言葉をそのまま商品にすることだけではありません。
その言葉の奥にある、
「なぜ、それが欲しいのか」
「何に困っているのか」
「本当は何を実現したいのか」
を考えることです。
例えば、顧客が「もっと速い商品が欲しい」と言ったとします。本当に求めているのは「速さ」でしょうか。もしかすると、待ち時間を減らしたいのかもしれません。時間をもっと有効に使いたいのかもしれません。面倒な作業から解放されたいのかもしれません。
だとすれば、企業が考えるべきなのは「どうすれば速くできるか」だけではありません。
「この人にとって、本当の価値とは何なのか」
という問いです。
iPhoneも、単に複数の機能を一台に詰め込んだから支持されたのではないでしょう。
電話、音楽、インターネットといった機能を、人々がより自然に、より簡単に使えるようにした。そして、その後の進化を含めれば、私たちの生活そのものを大きく変えていきました。
企業から見れば、商品には性能があります。機能があります。技術があります。しかし顧客が買っているのは、必ずしもその技術そのものではありません。
その商品によって、自分に何が起こるのか。何が便利になるのか。何が楽しくなるのか。どんな問題から解放されるのか。
そこに顧客にとっての価値があります。
ドラッカーが「顧客にとっての価値は何か」と問いかけた意味も、ここにあるのではないでしょうか。
顧客に聞くことは大切です。しかし、それだけで終わってはいけない。
顧客の言葉を聞き、その行動を見て、その背景にある問題を考える。そして、顧客自身もまだ言葉にできていない価値を見つけ出す。
それこそが、本当に「顧客を見る」ということなのだと思います。
ジョブズとiPhoneの事例が私たちに教えてくれるのは、「顧客の声を聞かなくてもよい」ということではありません。むしろ反対です。
顧客の声だけを聞いて、顧客を理解したつもりになってはいけない。
顧客が何を言っているかではなく、その人にとって何が価値なのか。
そこまで考えることができたとき、企業は初めて、顧客がまだ知らない新しい価値を創り出すことができるのではないでしょうか。